絶対に知っておくべき日本によるシンガポール陥落と占領の歴史−1942年2月15日−






1942年2月15日はシンガポールが陥落し、日本占領時期が始まった日

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2月上旬の春節が終わり、中国人観光客が少し落ち着いてきたこの時期からは、日本の大学が春休みに入ることもあり、シンガポールへの日本人観光客がどっと増えます。

シンガポールは安全で清潔といった日本人にとってとても過ごしやすく馴染みのある国です。

でも、海外であることを忘れてはいけないことと、日本人としてシンガポールへ行く前に知っておかなければならない歴史があります。

この記事を書いている本日2月15日は1942年に日本軍が大東亜戦争(太平洋戦争)にてシンガポールを陥落し、日本軍による占領が始まった日です。

多くの日本人が知らないという事実もあり、シンガポールへの礼儀として知っておかなければならないと思い、まとめることにしました。

過去なので今どうするということではありませんが、かつて日本とシンガポールの間で何があったかは知っておくべきだと思います。

この記事では最初で最後の戦争に関する内容を扱いますが、議論をしたいわけではありません。

専門家ではないので簡潔な内容としており、知識としてそっと内容を読んでいただければ幸いです。

“マレー作戦”と”シンガポールの戦い”

マレー作戦

  • 1941年12月8日:イギリス軍が東洋艦隊拠点を設置し極東アジアでの最大拠点としていたシンガポール陥落を目標とし、日本軍がマレー半島北部(現マレーシア)へ上陸

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第二次世界大戦をよくご存知の方は気づくかもしれません。

ハワイの真珠湾へ攻撃を開始した日でもあります。

シンガポール本島から侵攻しなかった理由は、日本軍の2倍にも及ぶ兵力でイギリス軍の難攻不落と言われた最強の要塞であったためです。

防御力が比較的弱いマレー半島からの南下をすることとしました。

イギリス軍がシンガポールを極東アジア最大拠点としていた理由は、インド洋と太平洋、オーストラリアを結ぶ戦略拠点だったためです。

「東洋のジブラルタル」とも呼ばれていました。

  • 12月10日:イギリス東洋戦隊の最新鋭かつ最強戦艦であった”Prince of Wales”(プリンスオブウェールズ)と巡洋戦艦レパルスを日本海軍航空隊が撃沈。これにより、マレー半島全域からの上陸が可能となり、日本軍はおよそ300両もの戦車を送り込んだ

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航空機のみでで航行中の戦艦を撃沈した世界初の海戦と言われています。
  • 1月11日:イギリス領であったマレー連邦(現マレーシア)の首都クアラルンプールを占領
  • 1月31日:マレー半島を南下し、シンガポールとの玄関口であるマレー半島最南のジョホールバルへ到達。日本軍の侵攻をおさえるべく、連合国軍はマレー半島とシンガポールを繋いでいた”Johor-Singapore Causeway”を爆破。日本軍は1週間遅れてシンガポールへ攻撃を開始することとなる

Johor Singapore Causeway

マレーシアのジョホールは今でもシンガポール人にとって馴染みのある地域で、バスですぐに行くことができます。

アウトレットモールやレストランが充実しているエリアです。

シンガポールの戦い

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